2007年01月28日

八幡川だよりC

広島県西部の探鳥地・八幡川の話題をお届けしています。
私たちが深く係わってきた八幡川河口の人工干潟と隣接する埋立地にやって来る、数多くの野鳥と自然環境が大切と考えるからです。


今回は、平成20年1月20日に三篠公民館で支部総会が開かれたおり、「水鳥たちの宝庫・八幡川河口を見つめて〜その自然の推移と、これからの取り組み」という演題でお話しした内容の抜粋と、埋め立てと同時に施工された「人工干潟」について、計画当初の段階から開催された検討委員会についての話題です。

総会の講演では、八幡川の野鳥の変遷については、特にカモ類が指標となることから、ヒドリガモやカモの総数からその状況が判ることを、1977年から30年間の図表で説明しました。今までの八幡川たよりに一部紹介したものです。人口干潟造成中の減少と工事完成後のカモの復活、その後次第に干潟の沈下が始まり、それと共にほぼ埋め立て前の数まで戻っていたカモが八幡川河口近辺で減少したこと、カモ類そのものの日本への渡来が減少したわけではなく、八幡川近辺へ飛来したカモの相当数がエサの採れる廿日市の御手洗川河口へ移動したこと、さらに干潟修復工事によって干潟が再生すると同時にカモの数が増加したことを説明しました。

さらに、基本計画に盛り込まれている「野鳥園」が成功する要因は、@できるだけ大きな面積が確保されていること Aアシ原や干潟など、多様な自然環境があること B野鳥が安全に生息している状況を間近に観察出来る構造であること の3条件が必要であるということをお話ししました。

「人工干潟検討委員会」は、故佐藤月二先生の「鳥のための干潟を創る」という理念に基づき、経済最優先の1980年代当時としては画期的な、自然再生のための干潟造成のために、施工者である広島県と干潟の専門家と地元の自然保護団体が話し合う場として、1985(昭和60)年3月16日に第1回が開催されました。第1回目だけ、干潟の専門家として東邦大学の風呂田先生が参加され、シギやチドリが憩う干潟造成のため「人工砂泥底海浜造成に当たっての検討要因」と題したレクチャーがありました。成功させるための要因として、工事監督主体が土木工事部門でなく環境保護部門であること、総工期は10年以上と長いこと、短期工事単位は変更見直しが容易な「月単位」で、工事の見直しが可能でかつ計画自体の変更が可能であること、人からの距離が100m以上、遮蔽物からは30m以上、小型船舶から250m以上離れていること等々です。

自然を相手にする手法や工事は、予め決められた計画のとおり、年度予算どおりに施工されていく近代土木工事とは、相容れない要素を持っていることも説明がありました。実際のところ、風呂田先生のレクチャー内容とは遠いところから工事が始まらざるを得ないのが現実でした。


次回は、工事の進捗に沿って折々開催された委員会と干潟の修復工事、埋立地内の野鳥園計画などを視野においた話です。
posted by エナガ at 00:00| Comment(0) | 八幡川だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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